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大阪高等裁判所 昭和36年(う)1686号 判決 1967年1月28日

被告人 大信実業株式会社 外三名

主文

原判決中被告人大信実業株式会社に関する部分全部(公訴棄却及び有罪を言渡した部分)及び被告人黄重信に関する部分全部(有罪及び無罪を言渡した部分)をそれぞれ破棄する。

右部分をそれぞれ神戸地方裁判所に差し戻す。

被告人黄万居、同奥村治郎の各控訴は、いずれもこれを棄却する。

当審における訴訟費用中証人宮崎知雄、同小西実に支給した分は、被告人黄万居、同奥村治郎の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人大信実業株式会社(以下被告会社と略称する)及び被告人黄重信について神戸地方検察庁検事正代理次席検事岡谷良文作成の控訴趣意書(但し、趣意書四枚目裏八行目の「昭和二十九年一月二十三日迄」とあるのを「昭和二十九年十二月二十三日迄」と、八枚目表三行目の「昭和三十一年(う)第一六九八号昭和三十二年二月二十二日大阪高等裁判所第四刑事部判決、同裁判所速報昭和三十二年第三号第四頁」とあるのを「昭和三十二年(う)第八二二号昭和三十二年十月二十一日大阪高等裁判所第二刑事部判決」と、一三枚目表九行目の『「ある」旨説示しているが』とあるのを『「ある」と解しているのではないかと思われるが』と、一四枚目表八行目の「昭和二十六年十月十六日付」とあるのを「昭和三十六年十月十六日付」と夫々訂正した)、被告会社及び被告人黄万居、同奥村治郎、同黄重信について弁護人横田静造、同岡本徳各作成の控訴趣意書、被告会社及び被告人黄万居、同奥村治郎について弁護人横田静造作成の控訴趣意補充書にそれぞれ記載されているとおりであり、外国為替及び外国貿易管理法(以下外為法と略称する)違反事件の弁護人の主張に対する検察官の意見は、検事前田幸之助作成の「外為法第二七条の支払について」と題する書面に記載されているとおりであるから、これらを引用する。

検察官の被告会社に関する控訴趣意について

論旨は、原判決は被告会社に対する関税法違反の各公訴事実につき、有効な告発を欠くものとして刑事訴訟法三三八条四号により右各事実に対する公訴を棄却したのであるが、法人のために行為する者について、税関長が懲役の刑に処するのを相当と認め直接告発する場合においては、法人に対しても通告なしに告発することができることは、すでに最高裁判所の判例(昭和三四・五・八第二小法廷判決、刑集一三巻五号六五七頁)とするところであつて、被告会社は行為者である被告会社の代表取締役黄万居又はその他の従業者とともに関税法一三八条一項但書一号の事由によつて告発されているのであるから、右告発は被告会社に対し適法になされたものというべきである。従つて、この点に関する原判決は法令の解釈適用を誤り不法に公訴を棄却したものであるから、到底破棄を免れない、というのである。

よつて案ずるに、本件記録によると、被告会社に対する公訴事実中関税法違反の事実は、関税ほ脱(四一回、昭和三〇年一二月一二日付起訴状記載の公訴事実及び同三一年四月三日付起訴状記載の公訴事実中一、二(1) 、三の各事実)無免許又は無許可輸出(三一回、同三〇年一二月二三日付起訴状記載の公訴事実及び同三一年四月三日付起訴状記載の公訴事実中四の事実)及び虚偽申告(一五回、同三一年四月三日付起訴状記載の公訴事実中二の(2) の事実)の各事実であるところ、原判決は右各事実について、神戸税関長は被告会社をその代表者あるいはその他の従業者たる他の被告人らとともに告発しているけれども、告発書には関税法一三八条一項但書一号により告発する旨の記載があり、そのうえ税関長が被告会社に対し右各事実につき同項本文所定の通告処分をなした事実も認められず、また、被告会社につき同項但書二号あるいは同条二項所定の事由があると認めたと窺わせる資料もないから、被告会社に対し有効な告発があつたということができず、また、被告会社の代表者あるいはその他の従業者に対する告発の効力が刑事訴訟法二三八条により被告会社に及ぶと解することはできないとの考えのもとに、被告会社に対する前記関税法違反の各事実についてなされた本件公訴は、関税法一四〇条一項に定める有効な告発を欠くものとして、刑事訴訟法三三八条四号によりこれを棄却したものである。ところで神戸税関長の昭和三〇年一二月一二日付、同年一二月一七日付、同三一年一月三一日、同年三月二八日付各告発書(記録一五三丁以下)によると、被告会社は、前記関税法違反の各事実について行為者である同社の代表取締役黄万居又はその他の従業者黄重信、奥村治郎らとともに関税法一三八条一項但書一号の事由によつて告発されたことが認められるところ、税関長が右告発前に被告会社の右犯則事実に対し通告処分をしたとか、その他被告会社について通告処分をすることなく告発できる場合の該当事由があつたとは認めることができないから、右一号の事由によりなされた被告会社に対する本件告発の効力が問題となるわけである。しかしながら、法人に対し罰金に相当する金額及び没収に該当する物件又は追徴金に相当する金額を納付すべき旨を通告しその履行がなされると、懲役の刑に処するのを相当と認めて告発された法人の行為者に対する刑事処分と刑事処分に準ずる右通告処分との間に事実の認定が矛盾し、量刑に不公平を生ずることが起り得るところであるから、事実認定の統一、量刑の適正を図る見地から法人のために行為した者を懲役刑に処するのを相当と認めて告発する以上は法人についても通告処分をすることなく直接告発することができると解することが法の精神に合致するものと考える。検察官引用にかかる最高裁判所の判例も右趣旨に理解すべきものである。ところで、右判例は旧関税法(明治三二年法律第六一号以下旧関税法という)九七条に関するものであるが、同条と現行関税法(昭和二九年法律第六一号、以下関税法という)一三八条一項但書一号、二号の規定とはその内容が同一であるから、現行法のもとにおいても右判例と同ように解すべきである。されば、被告会社の前記関税法違反の各事実について、税関長が被告会社に対してなした本件告発は有効であるから、被告会社に対する関税法違反の各事実についてなされた本件公訴も又有効であることが明白であり、これと異なる見解に立つ原審の措置は不法に公訴を棄却したものといわざるを得ず、この点に関する原判決は到底破棄を免れない。論旨は理由がある。

被告人黄重信に関する検察官及び弁護人の控訴趣意(法令の解釈適用の誤の主張)について

検察官の論旨は要するに、原判決は、被告人黄重信が太田庸穂らと共謀のうえ被告会社の業務に関し前後二八回に亘り台湾向け貨物(薬品)を免許又は許可なくして輸出したとの公訴事実について、税関の輸出許可が当然無効なものと解することができないとして同被告人に無罪を言渡したのであるが、同被告人らは薬品名を偽つて輸出申告をなし、税関職員を欺罔して輸出許可を受けたものであつて、若し税関職員において同被告人らが輸出申告とは異なる薬品を実際に輸出するものであることを知つていたならば輸出許可をしなかつたものと認められるから、右輸出許可は輸出申告手続に重大な瑕疵があるため当然無効と解すべきものである。また本件輸出については、税関職員が現物検査をせず書面審査により輸出許可がなされているところ、同被告人らは税関におけるかかる検査の実情を知悉しながら本件犯行に及んだものであるから、犯意のあることも明確である。従つて、同被告人に対し無罪を言渡した原判決は法令の解釈適用を誤り、かつ事実を誤認したものといわざるを得ず到底破棄を免れない、というのである。

弁護人の論旨は、原判決が原判示第一の三回に亘る貨物(薬品)の輸出について無免許輸出罪(現行法では無許可輸出罪)の成立を認めたのは誤りである。すなわち、税関の輸出免許は抽象的に輸出申告書に記載された品目についてなされるものではなく、具体的に呈示された貨物自体に対しなされるものと解すべきところ、本件のように貨物そのもの、あるいはその包装に特別の偽装ないし工作を施さないで貨物を税関の検査に提供した場合、申告品名が実際の貨物と異なつていても、免許はまさに現実に呈示された貨物自体についてなされているのであるから、虚偽申告罪の成立するのは格別無免許輸出罪は成立しない、というのである。

そこでまず検察官の論旨について検討する。

被告人黄重信の検察官に対する供述調書二通、司法警察員に対する昭和三〇年一一月二二日付、一二月一一日付、一二月一四日付、一二月二三日付各供述調書、大蔵事務官に対する供述調書二通、兼平恵の検察官に対する同年一二月二〇日付供述調書、久下芳夫、佐野忠平の司法巡査に対する各供述調書、原審証人兼平恵、同太田庸穂の各供述記載並びに原判決別表(四)掲記の各輸出関係書類を綜合すると、被告人黄重信は被告会社の薬品などの輸出貿易に関する事務を統括する担当取締役であつたところ、右在任中台湾に向け薬品を輸出するに際し所属係員兼平恵、太田庸穂、樋口幸男らと共謀のうえ原判決別表(四)記載のとおり(別表番号のうち3号、4号、20号を除く)、昭和二八年一月一六日頃から同二九年一二月二三日頃までの間前後二八回に亘り被告会社の業務に関し同表「輸出貨物」欄記載の薬品を台湾に向け輸出するに当りこれと品名を異にする同表「申告貨物」欄記載の薬品を輸出する如く所轄神戸税関に対し輸出申告をなし「輸出貨物」欄記載の貨物に対する輸出免許又は輸出許可を受けたうえ(旧関税法七六条では輸出の免許、関税法一一一条は輸出の許可と規定する)神戸港に入港中の船舶に「輸出貨物」欄記載の貨物を積載し、台湾に向け輸出したこと、そして、被告人黄重信らが右の如く実際に輸出した薬品と異なる薬品名を税関に申告した理由は、(一)台湾政府ではある種の薬品につき輸入を制限していたところから、台湾の商社が被告会社から輸入制限の薬品を輸入する際台湾の商社としては被告会社に輸入制限外の薬品名で輸出申告をしてもらつたほうが便宜であつたため同被告人らは台湾の商社の依頼により右のような輸出申告をしたこと、(二)台湾の商社が政府から薬品の輸入許可の割当を受け信用状を開設し、右信用状に基づき被告会社が薬品の注文を受け船積みするまでには相当な期間(約六ケ月)を要し、その間台湾国内において商社が当初注文した薬品の需要が減少したり価格に変動を来たし、その他一般的な薬品相場価格の変移により台湾の商社は当初の薬品に対する信用状を利用し利益の多い他の薬品を被告会社に注文して来たため、そこに通関上問題が起るので、同被告人らはすべて台湾の輸入商社である大信実業股分有限公司らの依頼により信用状を開設した当時の薬品の名をもつて輸出申告をなしたこと、(三)また、被告会社は右大信有限公司らとの本件以外の薬品取引につき、例えば、薬品甲一〇〇の注文を受けると共にそれに相応する信用状の送付を受けた際、後日右有限公司らから右薬品のうち五〇だけ船積みしてもらいたい旨の指示があつたことがあり、その場合でも被告会社は一〇〇に対する輸出申告をなし(高価申告となる)、実際には五〇だけしか輸出しなかつたのにかかわらず全部の代金の決済を受けているため残り五〇の薬品を先方に輸出する義務があるから、本件において同被告人らが薬品甲の残り五〇を輸出するに当り、別途に注文を受けた薬品乙の輸出申告をなし乙と共に甲の残り五〇を一緒に輸出したが、別段薬品甲の残り五〇に対する輸出申告をしなかつたこと(この場合でも薬品甲五〇を輸出するに当り薬品乙に対する輸出申告をしたことになる)が認められ、以上いずれの場合においても「輸出貨物」欄記載の薬品は箱詰であつて、一個の箱には同一種類の薬品のみが同包装のまま入れられ(尤も別表10号のダンケルンについてはこれと異なるので後で説明する)、その箱や包装の中に他の薬品を隠匿するとか、薬品自体はもとよりカートンなどの包装にその外見上他の薬品と誤認させるような偽装を施す等不正の手段を講じた形跡はなく、そして、右貨物は税関の検査を受けるため右のようなあるがままの状態で税関に呈示され、輸出の免許又は許可を受けたうえ船積みされたことが認められる(別表23号の中将湯のびんの上に英語で印刷された「アルブミン・タンナツト」というシールを貼つても原判決のいう如く通常それが中将湯でなく「アルブミン・タンナツト」と誤認するおそれはないと認める)。なお、先に述べた別表10号のダンケルンについてみると、証第一三号の二のインボイス及び同号の三の輸出申告書によれば、ダンケルン注射液六〇〇カートンのうち五五〇カートンは五五個の箱詰とし、残り五〇カートンは正当に輸出の免許を受けたソボリン錠二五〇びんと一個の箱に詰合わされて船積みされたことが認められるところ、税関に提出されたインボイス(同号の五)には一個の箱にポリタミン注射液五〇カートンとソボリン錠二五〇びんが詰合わされていることが明記されているのであるから(右インボイスは被告会社から直接大信有限公司に送付されたものであつて、税関に輸出申告書と共に提出された正規のインボイスではない)、税関職員が右一個の箱に二種の薬品が詰合わされていることは当然了知し得るのである。そして右詰合わされた箱が外見上ソボリン錠と認められるのか、それともダンケルン注射流と認められるのか明らかでなく、また、ダンケルン注射液自体に他の薬品と誤認させるような偽装が施されているとの事実も明らかでないから、この点被告人に有利に解し、外見上ダンケルン注射液が混載されていることが判定し得る状態であつたと認めざるを得ない。

ところで、関税法六七条(旧関税法三一条も同ような内容である。)は「貨物を輸出し、又は輸入しようとする者は、政令で定めるところにより、税関に申告し、貨物の検査を経て、その許可(注、旧関税法では免許)を受けなければならない」旨定めているところ、右輸出検査は、税関検査官が指定の検査場所において輸出申告書及び同申告書に添付された仕入書、その他輸出規制法規による許可、承認を証する書類等と現品とを対座して行うのが原則であつて、輸出検査の目的は、申告書記載の貨物と現品との同一性や減免戻税物品であるかどうかの確認並びに許可、承認を要する貨物については、現品とそれを証する書類とが相違していないかどうか等を確認するにあるのである。しかして、原審並びに当審における証人中村忠雄、同江口健司の各供述記載、当審証人大村和、同上田正美の各供述記載並びに当審の検証の結果を綜合すると、貨物の輸出検査はすべての貨物について現品検査を行うのが原則であるが、現在における税関の人的能力並びに物的施設では右原則によることは不可能であつて、特に減免払戻物品に当る貨物についてだけは現品検査をすることになつており、その他の場合は貨物の種類、仕向地、輸出業者の信用程度等によつて現品検査の要否を決し現品検査を不要とした貨物については便宜書類審査に回し、また、現品検査も貨物の種類、数量等によつては、いわゆる抜取検査により行う場合もあり、右いずれの検査方法による場合であつても関税法にいう検査に該当し、これらいずれかの検査を経たうえで輸出の申告に対し免許又は許可がなされ又は却下されることが認められる。これを本件についてみるに、前掲各証拠を綜合すると、本件二八回に亘る輸出貨物(原判決別表(四)の3号、4号、20号を除く「輸出貨物」欄記載の貨物)が税関の検査を受けるため所定の場所で呈示されたことは明らかであつて、ただ、これについて右いずれの方法による税関の検査を受けたか必ずしも明確でない。検察官は貨物の現品検査をした場合輸出申告書の裏面にその旨の記入をすることになつており、右別表中1号、2号、25号及び30号に関する輸出申告書原本(証第四号の四、証第四三号の四、証第三五号の四及び証第三七号の七)の裏面には現品検査をした旨の記載がないことから推察し、本件の場合すべて書面審査により輸出の免許又は許可がなされたものと主張する。

この点について、当審証人上田正美の供述記載によると、検察官主張のように現品検査をしたときは輸出申告書の裏面にのスタンプを押捺していたことは認められるけれども、本件の輸出申告書原本の一部に右スタンプが押されていないからといつても(証拠として提出されている右以外の輸出申告書はすべて写であるが、輸出品名、数量、申告価額、申告者及び貸主の住所、氏名等が記載されているだけであつて、他は省略されている)、本件の輸出貨物全部が書面審査によつてなされたものであつたと速断するのは早計である。殊に当審証人大村和の供述記載によれば、当時の神戸税関における被告会社の信用度は普通以下であつて、被告会社の台湾向け薬品輸出についてすべて現品検査をしないで通関させたことはないと思う、というのであるから、検察官の所論には到底賛同することができない。そうだとすると、本件輸出貨物については現品検査をしたものもあるのではないかと考えられるのであるが、その場合税関職員が輸出申告書に記載された貨物と現実に検査のために呈示された貨物とを品名、ケース・ナンバー、パツケージ数等によつて対査するかぎり、敢て開披検査を行うまでもなく容易にその異同を発見することができたはずである。そして、輸出検査が現品検査であると、はたまた書面審査であると否とに関わりなく、本件のように輸出貨物の実質そのものやその包装に偽装を施すことなくあるがままの状態で税関の輸出検査に呈示した場合には、実際に呈示された貨物自体が検査の対象となつたと解すべきであるから、その貨物が免許又は許可によつて通関された以上輸出申告書記載の貨物に対する免許又は許可というよりは、税関に呈示された貨物自体に対し輸出の免許又は許可があつたと解するのが相当である。しかして、当審証人大村和の供述記載によると、輸出業者が、いつ、いかなる貨物について税関の現品検査を受けるかということを予測することができない状態であつたことが認められ、また、被告人黄重信らが、税関職員が現品検査をしないことを知悉しながらこれに乗じ本件輸出を敢行したものである、との検察官の主張を認める証拠はなく、しかも、本件輸出にかかる薬品に禁制品とみられるものはなく、輸出申告書記載の薬品と実際に輸出した薬品との同一性はともかく、両者の数量と価格は大体において同一であつて、現品検査をすれば、当該貨物が申告書記載の品名と異なることを容易に発見し得る状況にあつたことが認められるから、これらの事情や先に述べた本件輸出の経緯並びに検査の実情等を考慮すると、仮りに税関職員が申告書記載の貨物を実際に輸出するものと誤認した結果その貨物の輸出につき現品検査をせず免許又は許可を与えたとしても、それは、税関職員の不足と物的施設が不充分なためとはいえ税関職員が当然なさればならない現品検査を履行しなかつたことによるものであるから、本件のように単に申告書にその品名を偽つて輸出する場合だけでは、輸出の免許又は許可に重大かつ明白な瑕疵があつたものと認めて右免許又は許可が当然無效となるものということができず、これが取消のないかぎり有効であると解するのが相当である。そうでなければ、本件は若し税関職員が通常の現品検査を忠実に履行しておりさえすれば、申告の瑕疵を未然に発見し得て本件の如き事態を容易に防止し得た場合であるのにかかわらず、これに出なかつた点を無視し免許又は許可が無効だとして無免許又は無許可輸出の罪責を負わすことになり、被告人にとつて酷であると考える。従つて、本件輸出が無免許又は無許可輸出に当らないとした原判決の事実認定や法令の適用はこのかぎりにおいて正当である。

ただ、ここで考えねばならぬことは、本件のように貨物を輸出するに際し偽つた申告をした場合には、別に関税法に規定する虚偽申告罪が成立するのであり、検察官の論旨や当審で検察官から証拠として提出された大蔵省の通ちようである「輸出貿易管理令別表第一掲上品目の適用範囲の解しやくについて」と題する書面によると、本件薬品の一部については当時施行の輸出貿易管理令一条一項により通商産業大臣の輸出承認を受けなければ輸出できないものがあることが認められ、その場合に外為法七〇条二一号(本件当時は二二号)、四八条一項(但し当時施行の右政令は、医薬品中家庭用医薬品を右承認品目より除外している)の無承認輸出罪は成立しないか、また、右の無承認輸出という事実が本件の輸出の免許又は許可の効力にどのように影響するかということである。ところで、旧関税法は七九条において虚偽申告罪を処罰していたのであるが、昭和二七半六月一六日法律第一九八号により右規定は廃止され(即日施行)、更に昭和二九年四月二日制定された関税法(法律第六一号同年七月一日より施行)一一四条(現行では同法一一三条の二)により虚偽申告罪が復活されたところ、証拠によると、原判決別表(四)のうち1号から25号までの分は昭和二八年一月一四日から同二九年三月一三日までの輸出申告にかかるものであるから、虚偽申告罪の処罰の対象とならず、同表中26号から31号までの虚偽申告が右一一四条の罪を構成するのである。また、通商産業大臣の承認品目につきその承認を受けることなく医薬品を輸出した場合は、外為法にいう無承認輸出罪が成立すると解すべきである(尤も、医薬品は昭和三三年政令第二五五号により同年九月一日から承認品目より除外され、承認を要することなく輸出できることになつたが、右廃止前の行為については外為法七〇条二二号の罰則が適用されるものと解する)。そこで、承認を要する薬品を承認を要しない薬品であると偽り承認を得ないで輸出申告をし、税関の輸出の免許又は許可を受けた場合に無免許又は無許可輸出が成立するかどうかについて検討するに、この場合も前段において詳述したことがすべて当てはまるのであつて、同一の理由により未だ免許又は許可につき重大かつ明白な瑕疵があつたということができないものと解し、税関の検査に呈示された貨物自体につきなされた輸出の免許又は許可は取消されないかぎり有効なものとし、無免許又は無許可輸出罪は成立しないと解するを相当とする。そして、この場合には外為法上無承認輸出を処罰する規定があるのであるから、これで処罰すれば十分であつて、政策的にいつても無免許又は無許可輸出罪を敢て適用する必要はないものと考える。これと見解を異にする当審証人中村忠雄、同江口健司の供述は、にわかに採用し難く、検察官が引用又は提出した高等裁判所の判例は本件と必ずしも同一の事案ではなく、また、そこに展開された理論が本件の場合にも当てはまるものとすれば、それは見解の相違というほかはない。従つて、検察官の論旨は理由がない。

しかしながら、前記説明によつて明かなように被告人黄重信については原判決別表(四)のうち、26号ないし31号につき虚偽申告罪が成立し、同表1号ないし31号までの三一回に亘る輸出貨物のうち、承認を必要とする品目については同被告人にこれが無承認輸出につき犯意の認められるかぎり、無承認輸出罪が成立するのであるから、原審が無免許又は無許可輸出罪の成立を否定するかぎり、検察官に釈明を促しこれらの罪に訴因を変更するか否かを確かめたうえ適宜な措置を採るべきであつたと考える。この点原審の訴訟手続には判決に影響を及ぼす審理不尽の違法があるといわざるを得ない。ところで、当審で検察官から提出された前記書面によつても犯行当時本件薬品のうちどれが承認品目であつたか必ずしも明確でなく、(右書面は昭和二七年九月二五日付蔵税一六五一号通ちようによるもののようであるが承認品目から除外されている家庭用医薬品につき本件当時も右通ちようの如く取り扱われていたかどうか証拠上不明)、かつこれらの点については原審で当事者双方から少しも主張立証がなされておらずこれに対する被告人の弁解もなされていないのであるから、当審よりはむしろ原審で十分な審理を尽くさせるほうが妥当であると考える。従つて、被告人黄重信に関する原判決別表(四)の各事実のうち、3号、4号、20号(原判示第一の事案)を除き無罪を言渡したその余の事実について破棄を免れない。

次に弁護人の論旨について検討する。

よつて案ずるに、原判決が原判示第一の事実につき挙示した各証拠を綜合すると、被告人黄重信は被告会社の業務に関し台湾に向け薬品を輸出するに際し所属係員太田庸穂、兼平恵らに指示し原判決別表(一)記載のとおり昭和二八年三月二一日頃から同年一一月二一日頃までの間前後三回に亘り同表「申告貨物」欄記載の薬品の梱包の中へ、同表「無許可輸出貨物」欄記載の薬品を詰合わせて一個の箱詰貨物とし、その貨物が外見上恰も同表「申告貨物」欄記載の薬品である如く装い、右貨物について所轄神戸税関に対し同表「申告貨物」欄記載の薬品だけを記入した輸出申立書、送り状等の書類を提出して輸出申告をなし(尤も、その都度他に数種の薬品も輸出申告をしているけれども、これについては当該薬品そのものを箱詰としているのであるから外見上も他の薬品と見誤るおそれはなく、かつ正当に輸出免許を受けていることが認められる)、これに対する税関の輸出免許を受けたうえ他の薬品と共に神戸港において台湾向け出航する同表「積載船名」記載の船舶に積載して輸出した事実を認めることができる。ところで、同表「無許可輸出貨物」欄記載の貨物を同表「申告貨物」欄記載の貨物の中へ秘かに詰合わせた理由は、それ以前に輸出申告をして輸出した薬品に荷造りの関係で積み残しを生じたか(右残りの薬品についても先の輸出の際免許を受けた旨の原審第二二回公判調書中の同被告人の供述は他の証拠に照らし措信できない)、あるいは前記(三)の事情により残りの薬品を送るために、これについて新たに輸出申告をすることなく右のような方法によつたものであることが窺われるのである。そして、右三回に亘る輸出が前記二八回に亘る輸出と異なる点は、前者については貨物の外観上別表(一)の「無許可輸出貨物」欄記載の貨物が詰合わされているということが判別できないのであるから当該貨物があるがままの状態で検査に提供されているとはいえず、これに反し後者の場合は、貨物の包装に偽装を施さずあるがままの状態で検査に提供されているのであるから、当該貨物の外観自体から原判決別表(四)の「輸出貨物」欄記載の貨物であるということが容易に識別できるのである。このように貨物の包装に特別の偽装を施している場合には、その不正が貨物の開披検査により摘発できるとしても、通常の現品検査ではその発見が容易でなく、かつ同被告人において詐偽又は不正の手段により通関を図ろうとしたものであるから、その結果税関職員が申告書記載どおりの貨物を輸出するものと信じてなした輸出の免許には重大かつ明白な瑕疵があるものといわざるを得ず、当然無効と解するのが相当である。また、前段認定の事情から考え被告人黄重信において本件貨物が無免許貨物であるとの認識のあつたことは十分認められる。

従つて、原判決が原判示別表(一)の各事実につき無免許輸出罪の成立を認めたのは相当であつて、他に記録を精査しても原判決の認定に所論の如き誤はなく、弁護人の論旨はいずれも理由がない。

被告会社、被告人黄万居及び同奥村治郎に関する弁護人の控訴趣意(事実誤認及び法令の解釈適用の誤の主張)について

論旨は要するに、(一)原判示第二の現金一三〇万円は、被告会社が香港所在の万順昌行から赤小豆を輸入するに当り同昌行の経営者姚維章の申出により契約代金の一部前払いとして同人の使者と称する氏名不詳の外国人に交付したものであるが、その後右赤小豆が不良品であつたため交渉の結果値引きすることに決り値引き代金で決済し、その際右一三〇万円は代金より差引かないで先方に貸与した勘定となつたのであるから、原判示の如く債務の弁済として交付したことにはならない。右のような非債弁済の場合は外為法二七条一項二号又は三号に該当しない。仮りに債務の弁済に当るとしても右一三〇万円は当時姚維章の末子、姚樹林と使用人張楡香の来日視察の滞在費として費消するため交付したものであるから、同条二項一号によつて罪とならない。(二)本件一三〇万円は香港に居住する姚維章のさし向けた氏名不詳の男に対し東京都内で交付したものであるが、原判決も認めている如く右氏名不詳者が外為法上居住者なのかそれとも居住者であるのか証拠上明らかでないのであるから、同条一項二号又は三号の規定によつて処罰することはできない。これは専ら立法上の不備というほかはないのであつて、原判決のように本件所為をもつて同条一項二号又は三号のいずれかに該当することが明らかであるとして有罪とすべき事案ではない、というのである。

まず論旨(一)について検討するに、記録を精査し当審における事実取調の結果をも参酌して案ずるに、原判決挙示の証拠(但し被告人黄万居、同奥村治郎の各供述調書は当該被告人の関係だけで証拠となるものである。)を綜合すると、原判示一三〇万円は、被告会社が香港所在の万順昌行(経営者、姚維章)から赤小豆五〇屯を輸入するに際し低価申告による決済の差金等として、香港に居住する非居住者である右姚維章の依頼により被告大黄万居、同奥村治郎が共謀のうえ被告会社の業務に関し右債務の支払として原判示の日、被告会社東京支店において被告人奥村治郎が右姚維章のさし向けた氏名不詳の男(同被告人の原審第二二回公判調書中の供述記載によると、年令六〇才位の外国人であるという)に対し右姚維章のため交付して支払つた事実を認めることができる。ところで、外為法が同法二七条一項各号において支払を制限又は禁止している所以は、わが国の金銭財産の外国への流出ないしそのおそれのある支払行為を管理しようとするものであるから、債務の有無並びに原因の如何にかかわらず右各号所定の行為があつた以上これを処罰しようとする趣旨であると解すべきである。従つて、後日所論の如く右一三〇万円を支払う義務がなくなつたとしても、非居住者との間の貨記勘定とする以上右各号所定の罪の成否に影響がないといわなければならない。又同条二項一号は、非居住者が同号記載の費用を支払するため本邦通貨で支払う場合を規定したものであるから(昭和三七年一二月一八日第三小法廷決定、刑集一六巻一二号一七〇六頁参照)、本件のように居住者たる被告会社が支払つた場合に適用すべきものではなく従つて弁護人の所論には賛同することができない。論旨はいずれも理由がない。

次に論旨(二)について検討する。

本件記録を精査しても前記氏名不詳の男が外為法上非居住なのか、それとも居住者であるのか、いずれとも断定し難いことは所論のとおりである。しかしながら、同人が本邦にある非居住者であるかそれとも居住者であるかのいずれかの身分を有していたことは明らかであるから、若し同人が非居住者であるとすれば、被告会社が同人に支払つた行為は、同条一項二号前段に、また、居住者とすれば同様同項三号前段に該当することが明らかである。(本件が同項一号の「外国へ向けた支払」にならないことは明白である)このような場合に果して弁護人所論のとおり本件支払行為を処罰できないものであろうか。ところで、二号前段の『非居住者に対する支払』は、本邦内にある非居住者に対する支払を意味し、三号前段の『非居住者のためにする居住者に対する支払』とは、非居住者が外国又は本邦内にある場合に非居住者の代理人である居住者に又は非居住者の代理人として居住者に支払うことを意味するものであるが、代理人というよりはむしろ法的には非居住者自身と同視すべき者例えば使者に対する支払の如きは二号前段の『非居住者に対する支払』に当ると解するのが相当である。そして、右氏名不詳の外国人が姚維章の代理人であつたか、使者であつたかは判明しないが右いずれの場合でも支払という法的効果は非居住者たる姚維章本人に帰属するものであるから、わが国の金銭財産の外国への流出ないしそのおそれを伴うことは明らかであつて、前段説示の如く同法が支払を制限又は禁止している目的から考えると、本件のような場合を処罰できないとすることは法の趣旨に反するものといわざるを得ないのである。従つて、原判決が、本件支払行為が同法二七条一項二号又は三号のいずれかに該当するとして、右各号違反の罰則規定である同法七〇条八号(当時施行のもの。現行法では同条七号)の適用上原判示第二の所為につき単に同法二七条一項とのみ擬律したことは止むを得ないものと考えられ、必ずしも違法であるとはいえない。論旨は理由がない。

被告人奥村治郎に関する弁護人の量刑不当の主張について

論旨は、被告人奥村治郎の原判示第二の外為法違反の事実が無罪であることを前提として、原判示第三の虚偽申告の事実についてのみ量刑不当を主張するのであるが、原判示第二の事実については職種で、原判示第三の事実については所論にかんがみそれぞれ記録を精査し当審における事実の取調の結果を検討しても、同被告人に対する原判決の刑は重過ぎるとは考えられないから、論旨は理由がない。

以上の次第であるから、原判決が被告会社に対し不法に公訴を棄却した部分は刑事訴訟法三九七条一項、三七八条二号、三九八条により破棄したうえ原審に差し戻すこととするが、現在における証拠調の段階ではそのうち原判決別表(二)の各虚偽申告罪(原判決が被告人奥村治郎に対し有罪を認定した原判示第三の事実に該当する)については一応有罪であると考えられ、この罪と原判示第二の外為法違反の罪とは併合罪の関係にあり被告会社に対し一個の刑を言渡すべき場合であるから、弁護人の右外為法違反に関する量刑不当の論旨に対する判断を省略し(なお検察官は被告会社の外為法違反の罪についても控訴の申立をしているが、その趣旨は被告会社に対し一個の刑を言渡す場合であり量刑の適正を図るためであると認める)、原判決中被告会社に関する部分全部(公訴棄却及び有罪を言渡した部分)を破棄し、原審に差し戻すこととし(有罪部分については同法四〇〇条本文を適用)、被告人黄重信については同法三九二条二項、三九七条一項、三七九条により原判決別表(四)の無免許又は無許可輸出のうち3号、4号及び20号(原判示第一の事実)を除き無罪を言渡したその余の同表記載の各番号の事実につき破棄し同法四〇〇条本文により原審に差し戻すこととするが、原判示第一の無免許輸出(右表中3号、4号及び20号の事実)については、この点に関し被告会社を有罪として量刑した場合において、その量刑をも斟酌して同被告人に対する量刑の適正を図る必要があるものと考え同法三九七条二項、三九七条一項、三八一条によりこれを破棄し、同法四〇〇条本文により原審に差し戻すこととする。次に被告人黄万居、同奥村治郎の各控訴は同法三九六条によりこれを棄却し、当審証人宮崎知雄、同小西実に支給した費用は同法一八一条一項本文、一八二条により右被告人両名に連帯して負担させることとし(同証人らは原判示第二の外為法違反事実に関する証人であつて、被告会社にも関係があるのであるが、被告会社については右事実を差し戻すので現段階においては被告人黄万居、同奥村治郎に対し負担させる)、主文のとおり判決する。

(裁判官 笠松義資 佐古田英郎 荒石利雄)

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